解説:ESG関連リスクへの全社的リスクマネジメント(ERM)の適用

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解説:ESG関連リスクへの全社的リスクマネジメント(ERM)の適用

近年、資産運用業界においては、投資対象企業の選定にあたって環境、社会、およびガバナンス(ESG)の観点から企業のパフォーマンスを評価する動きが大きな高まりをみせています。投資の意思決定においてESGを考慮に入れるのは、単に環境保全や社会的責任の充足、良質なガバナンスが責任ある企業行動という点で望ましいというだけではなく、それらが中長期的には企業の収益や利益といった財務上のパフォーマンスや、さらには企業の存続そのものに大きく関わってくるという認識によるものです。つまり、長期的なリターンを得ようとする投資者にとって、ESGの考慮は必要不可欠であると考えられています。
2017年、運用資産残高で世界第2位のバンガード1 は、世界中の公開会社の取締役会に宛てた公開書簡のなかで、投資者の経済的利益という観点から、気候変動といった長期的で不確実性の高いリスクへの企業の対応が必要であると論じています。2
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、2017年に日本株のESG指数を選定し、同指数に連動したパッシブ運用を開始するとともに、投資原則を改訂し、株式にとどまらず、債券など全ての資産でESGの要素を考慮した投資を進めていくとしています。3.4

また、投資者のESGに対する関心の高まりを受けて、欧州連合(EU)では規制市場上場企業等に対する非財務情報の開示要件を見直し、2017年より、環境、社会、従業員、人権、および不正・贈収賄防止に関する企業の取り組みについての開示が求められています。5

米国においても、民間の基準設定主体であるサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が業種ごとに79の暫定基準を設定し、企業の中長期的な持続可能性に関連する重要性の高い情報をフォーム10-Kなどの証券取引委員会(SEC)が定める報告書の中で開示する実務が行われ始めています。

 
ESG関連リスクの重要性

ESGは企業の事業目標の達成や戦略にどのような影響を与えるのでしょうか。温室効果ガスの排出と、所得の不平等を例に取りましょう。仮に、将来的な気候変動に歯止めをかけるために温室効果ガスの排出を一層制限する政策が実施されるとした場合、企業によっては、貸借対照表上に資産として認識している化石燃料が排出許容量を超過してしまうかもしれません。そのような、もはや回収の見込みを失った「座礁資産」の規模はどの程度になるでしょうか。化石燃料を採掘し、精製、販売するというビジネスモデルは生き残れるでしょうか。

あるいは、今後、所得の不平等が深刻化するとした場合、企業は計画どおりに収益を拡大し、利益を上げていくことができるでしょうか。所得の分配が過度に不平等となることは、消費財・サービスに向けられる購買力の減少をもたらし、総需要の低下、ひいては企業収益と利益の下落という悪循環につながる可能性があります。そのようなマクロ経済的環境において持続可能な成長を実現できるでしょうか。

ESGは、企業の持続可能な成長あるいは存続そのものに影響を与える中長期的なリスクとなりうるものです。企業のリスクマネジメントにおいては、ともすると目先の社内外の動きに気を取られ、短期的なリスクにばかり焦点を当ててしまうことが往々にしてあります。また、2012年の英国のケイ・レビューなどにおいて指摘されているような、短期志向を助長する構造的な課題が存在することも事実です。しかし、自社が将来にわたって健康を維持することを望むのであれば、ESG関連リスクは本質的な重要性を帯びてくるため、企業はそれらのリスクを自社のリスクマネジメントの中に組み入れ、実効性のある対応を行っていくことが求められます。

2017年、トレッドウェイ委員会支援組織委員会(COSO)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)は、「全社的リスクマネジメント:環境、社会、およびガバナンスに関連するリスクへの全社的リスクマネジメントの適用」の予備的ドラフトを公表しました。6  この予備的ドラフトでは、COSOが2017年に公表した「全社的リスクマネジメントー戦略とパフォーマンスの統合」のESG関連リスクへの適用を考察しており、ESG関連リスクの実効性ある管理を行うための手掛かりとなるものです。以下では、ESGとの関連において考慮すべき点を中心に、この予備的ドラフトの概要をご紹介します。
 
ESG関連リスクへの全社的リスクマネジメント(ERM)の適用
ESG関連リスクへのERMの適用は、以下の図が示す7つの要素から成ります。これら7つの要素をしっかりと整備・運用することにより、ESG関連リスクの特定、評価、対応、対応状況のレビューと見直し、および社内外への報告という一連のサイクルを回していくことが可能となります(以下の図の日本語はプロティビティによる仮訳です)。

 
 

[1] https://www.relbanks.com/rankings/largest-asset-managers 
[2] 「An open letter to directors of public companies worldwide」 (2017年8月31日):https://about.vanguard.com/investment-stewardship/governance-letter-to-companies.pdf 
[3] 「ESG指数を選定しました」(2017年7月3日):http://www.gpif.go.jp/operation/pdf/esg_selection.pdf 
[4] 「ESG投資」:http://www.gpif.go.jp/operation/esg.html 
[5] Directive 2014/95/EU: http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32014L0095&from=EN 
[6] https://www.coso.org/esg/Pages/viewexposuredraft.aspx

 

ESGとの関連において特に重要と考えられる各要素のポイントは以下のとおりです。

1. 実効性のあるリスクマネジメントのためのガバナンスを確立
  • 取締役には、ESG関連リスクの管理が自らの受託責任であるという認識を持つことが求められます。「ESG関連リスクの管理は、レピュテーション管理のツールではなく、受託責任であるという考え方を確立すること」は、ESG関連リスクを他のリスクと同列に、全社的リスクマネジメントのフレームワークの中で実効性を持って管理していく上での大前提となります。
  •  ESG関連リスクの管理に一義的な責任を負うのは各部門の責任者(リスクオーナー)であることを明確化する一方、サステナビリティ担当役員を設置し、各リスクオーナーに対してESG関連リスクについての洞察や助言を提供するとともに、全体的なERM活動との調整を支援するといったガバナンス体制が想定されます。
2. 事業のコンテクストと戦略の理解
  • ESG関連リスクの多くは、企業と自然や社会が相互依存関係にあることから生じています。自然環境や社会環境の変化は漸進的であるため、ESG関連リスクは中長期の時間軸において顕在化してきます。従って、気候変動や水資源の不足、森林破壊といったメガトレンドが企業の活動にどのような影響を及ぼし得るのかを理解し、それを事業戦略にフィードバックすることが、事業活動の持続可能性を支える鍵となります。
3. ESG関連リスクの特定
  • 上述のとおり、ESG関連リスクには中長期の時間軸において顕在化してくるという特徴があり、中には過去に一度も顕在化していないリスクもあるでしょう。このため、過去の事象のみを参照してリスクを特定するという手法は不十分である可能性があり、メガトレンドが企業に与え得る影響の分析等、将来的な事象の発現可能性を意識した手法が求められます。
4. ESG関連リスクの評価と優先順位付け
  • SG関連リスクは中長期的なリスクであるという特徴は、それらの特定だけではなく、評価と優先順位付けもより困難なものとしています。過去に顕在化しておらず、その特質が十分に理解されていないリスクの重要性を正しく評価することは容易ではありません。このため、シナリオ分析等により、ESG関連リスクがどのような形で顕在化してくるのかをストーリーの中で捉え、それらが企業と事業戦略に与える影響を評価するといった手法が有用と考えられます。
5. ESG関連リスクへの対応
  • ESG関連リスクには、希少資源への依存といった企業・業界単位での取り組みによりある程度低減可能なものもありますが、労働人口の減少といった、個々の企業の手には負えない、よりマクロ的な事象に起因するものも多くあります。マクロ的なリスクについては、低減や排除といった対応が現実的ではない場合があり、組織のレジリエンスを高め、新たな環境に適応していくことが求められるでしょう。そのような対応は、企業のビジネスモデルや戦略から切り離して考えられるものではありません。
6. ESG関連リスクのレビューと見直し
  • 特定されたESG関連リスクについては、リスクを取り巻く状況の変化や対応状況の継続的なモニタリングを行い、リスク対応の見直しを適宜行うことが必要です。また、リスク許容度を設定し、リスクが許容度を超過していないかを常に確認することも有用でしょう。
7. ESG関連リスクの伝達と報告
  • 特定されたESG関連リスクのうち重要性の高いものと、それらのリスクへの対応状況については、取締役会と経営者が認識を共有するとともに、投資者を含む社外のステークホルダーに対してもしっかりと伝達することが求められます。社外のステークホルダーが必要とする情報を把握し、サステナビリティ報告書や統合報告書の中で重要なESG関連リスクとそれらへの対応状況、ビジネスモデルや事業戦略への含意を開示することにより、取締役会、経営者、および社外のステークホルダーは同じ長期的な視点に立ち、企業の将来について建設的な議論を交わすことが可能となります。
「全社的リスクマネジメント:環境、社会、およびガバナンスに関連するリスクへの全社的リスクマネジメントの適用」は、まだ予備的ドラフトの段階ではありますが、ERMフレームワークの中でのESG関連リスクへの対応について、一定の方向性が示されています。徐々にではあっても、企業の戦略とビジネスモデル、そして存続に大きな影響を与えることが避けられないESG関連リスクへの対応にあたって、大いに参考とすべきものであると考えられます。

 

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